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2018年2月15日木曜日

1997年衆院本会議、沖縄の駐留軍用地特別措置法の

改正時。
(野中広務氏)自身が62年に沖縄を初めて訪問したときのことを引き合いに出した。乗ったタクシーの運転手がサトウキビ畑の前で止まって「妹がそこで殺された」と泣き始めた。しかもやったのは米軍ではなかった、と。自分はこの出来事が忘れられない。国会の審議が大政翼賛会的にならないように――と続く。

「私は、今日の野中さんの発言に涙が出ました。あなたみたいな政治家に会えてよかった。本当に素晴らしかった。私も沖縄には同じ思いです」(当時、社民党の1年生議員だった中川智子氏)
夜、中川氏が議員宿舎に帰ると郵便受けに野中氏からのメモが入っていた。「これから困ったことがあったら、何でも相談しなさい」。携帯電話の番号があった。

2018年2月1日木曜日

「……古い苦しい時代を生きてきた人間として、

今回の審議(橋本龍太郎政権下の1997年夏の駐留軍用地特別措置法改正の衆院本会議)が、どうぞ再び大政翼賛会のような形にならないように若いみなさんにお願いをしたい」(衆院本会議での可決に先立つ委員長報告の最後での、野中広務氏の異例の発言)

政界を引退した2003年の、「毒まんじゅう」は流行語大賞に選ばれた。

「戦前の私たちは知らないうちに教育され、戦争に突入した。私はこうした民族性に恐怖を感じる」(著書より)

また、戦中の体験などから「憲法9条は変えてはならない」と主張していた。

「野中氏の死去で、政治が弱者のためにあった時代が完全に終わった」(政治家としての姿を描いた「野中広務  差別と権力」の著書があるジャーナリスト、魚住昭氏)

2018年1月31日水曜日

軍艦の艤装は、

ある程度、工事が進むと、実際にそのフネに乗り組んで運用する人たちが加わる。艤装員とよばれるこの人たちの仕事は、設計や建造の段階で見落とされた使い勝手などの細かな点について改良を指示することもあるが、むしろ竣工後の乗組員予定者として早くからそのフネに慣れさせておこうというのが狙いだ。
『飛龍 天に在り』

2018年1月26日金曜日

伝統から得た「義」 信条に

故・西部(邁、すすむ)さんが歴史的な伝統から得たもっとも大事な価値は、義へ向けた精神であり、自立の矜持であり、節度であり、優れたものを前にした謙虚であり、逆にきらったものは、怯懦(きょうだ)や欺瞞であり、虚栄であり、独善的な自己宣伝であった。(佐伯啓思氏)

「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは

心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」(田中角栄元首相)
――『戦争の大問題』より

2018年1月22日月曜日

Air Raid Pearl Harbor This Is No Drill !!!

(真珠湾空襲、演習にあらず)
ホノルル海軍航空基地作戦士官ローガン・ラムジー中佐は、無線室に向かって廊下を走り、当番兵に上記の電文を平文で打てと命じた。

2018年1月21日日曜日

「何度だって行って、爆弾を命中させます」

という佐々木(友次)さんに、「必ず死んでもらう」と繰り返し特攻が命じられる。
――『不死身の特攻兵  軍神はなぜ上官に反抗したか』より